昨日(2026年3月17日)にて、目黒区令和8年度一般会期予算の審議が終了しました。
議長を除く33人の議員で予算特別委員会を開催し、7日間にわたって区が提示した予算案を審議したわけですが、
区としても、区議会としても、「この予算案がひっくり返るかもしれない」という緊張感はないように私は思いました。
区が「予算をひっくり返すなんて、4月からの事業実施はどうするんだ!そんなことをする議員は無責任だ!」と思う気持ちは分かりますが、
区議会議員までもが「予算をひっくり返すなんてありえない。まぁ予算審議したって予算案が変わるわけではないしテキトーにチカラを抜いてやろう」という態度で臨むのは、なんか違うんじゃないのかなぁと思ってしまうのです。
限りある財源のなか、この事業をやる意味はあるのか?
あるいは、お金の問題だけではなく、他のリスクも考慮したら開始しないほうがが良いのではないか?
わたしは令和8年度予算で計上することに疑問を感じる事業が何点かありました。
質疑を経ても計上には賛成できず、個人としては予算に「反対」したい意向でしたが、
会派メンバーを説得するチカラもなく、会派として「賛成」の態度を表明することになりました。
予算案に「反対」したのは、共産党の会派さんのみ。
(共産党の会派さんが反対したのは私の考えとは真逆の理由ですが・・・)
個別に話をした議員さんのなかには、「〇〇の予算をつけるなら、より切実に困っている人がいる△△に予算をつけてほしいよね」という方もいましたが、“予算案に反対するなんて有り得ない”という空気のなか、個別の事業に思うことはあれど、なかなか実際に反対という態度表明は難しい。
区が予算案を作る前に調整しておけよ、という考えもありますが、各会派からたくさんの予算要望書が提出されるため、自分の望んでいない新規事業が予算案に入り込んでくることもあるわけで、予算審議の時点で「反対」という態度を表明することは当然ありうることだとも思います。
そもそも、私の場合は、自分の所属している会派の要望書も「アレやれコレやれ」てんこ盛りの要望書で、私自身の要望とは大きく乖離しているんですよね。
議員になって1年目、2年目はまだ自分の考えもフワフワして方向性を探っている状況だったので違和感も小さかったのですが、自分の考えが少しずつ確立されているうちに、会派の姿勢と、自分の考えとのギャップに気持ち悪さが出てきてしまったなと。
自分の意見や賛否が自由に表現できないというのは、議員としての責任を放棄しているようで、自分のことが凄く腹立たしいですね。
予算案そのもの、というよりも、自分に腹が立ちますね。そして感情を爆発させている自分にますます嫌気が差しています。
予算審議のたびに、こんなに感情を揺さぶられてしまうようでは身が持たないなと思います。
来年が議員として最後の予算審議になりますが、わたしの身と心は耐えられるだろうか・・・。